2020年07月号にて休刊となった「医道の日本」誌、その2020年01月号での企画「ツボの選び方」、そこに氣鍼医術を代表して当会副代表の中村泰山が寄稿した内容です。

症例(「医道の日本」さまから提示されたもの)

【患者】
45歳、男性、中肉中背

【経過】
X-20年、運動中にぎっくり腰を発症。動けなくなり緊急でクリニックを受診。3日間医師の往診を受ける。その後、接骨院にて干渉波による治療を受ける。
X年、6ヶ月前に極度のストレスを感じたあと、急性腰痛を発症。3回の鍼灸治療により改善したが、デスクワークで長く座位を続けると腰部に違和感が生じる。胸腰部伸展動作で腰部に若干沁みるような痛みがある。

【主訴以外の所見】
望診:愛想がよく、明るくよくしゃべる。顔は日に焼けて黒いが、胸腹部や背部は白い。
聞診:声は大きくて高いが、しばらくしゃべっているうちに小声になる。
問診:夢は毎晩のように見るが、睡眠中に目が覚めることはない。8時間以上寝ないと昼間きつい。午前中はなんとなく身体がだるく、午後から夜にかけて本調子となる。毎食後、一時的に猛烈に眠くなる。常に過食気味で、甘味を好む。便秘することはなく、日によって、毎食後に排便に行くことがある。排尿の回数は他人よりもやや少なく、尿が少し赤みを帯びている。
切診:脈状は左右ともに沈、虚、数、濇。左右寸関尺の相対的虚実は、左関上が最強、右関上が最弱。各部の虚実の関係は左寸口>右寸口>右関上で、左右の尺中は左寸口と同程度の強さであるが、左右差は判定できない。
前腕部の大腸経、下腿部の胆経に圧痛が見られる。
腹部や腰背部の皮膚に触れると、やや冷たい感じがする。

課題(上記の症例に対して)

●どのように診察をするか、どのような証を立てるか。
●選穴理論
病態の解析を行なった場合は、病の機序や原因。証の内容。本症例の治療穴(選経や選穴、中心となる穴と補助穴、鍼穴と灸穴)と、その治療穴を選ぶ理由(典拠とする文献や理論)。
●選んだツボへの施術方法
・鍼の場合は鍼の種類、刺鍼角度、刺鍼深度、雀啄などの手技の有無、置鍼時間。
・灸の場合は艾の種類、艾柱の大きさ、壮数、使用する線香。
・あん摩マッサージ指圧の場合はその術法、時間。
●道具の写真(上記の道具を含む、日常の臨床で用いるワゴン上の写真)とその説明文

I.はじめにー脉診流氣鍼医術の特徴ー

・脈診流氣鍼医術は、福島弘道先生の「相克調整」と「片方刺し」を継承・発展させた経絡治療である。
・従来「六部定位脉診」に頼っていた証の決定を「子午鍼法」「奇経鍼法」「腹氣鍼診断」といった診断術を駆使し、より正確かつ誰にでも行えるよう改良を重ねたものである。
 これら3つの鍼法とその連動により、難経六十九難による本治法の証をより明確に決定できる。
・診察や治療は、すべて脉状が「脉締」を得ることで決定する。
 「脉締」とは脉診流氣鍼医術独自の言葉で、これにより変調経絡の判定や施術穴・施術深度・施術ドーゼを決定する。

II.診断と証立て

望・聞・問診から得られる情報は、従来の経絡治療とさほど変わらないのでここでは割愛する。脉診流氣鍼医術の診察では、脉状と「子午鍼法」「奇経鍼法」「腹氣鍼鍼法」による診立てとその連動に整合性が得られることに重きを置く。
 今回の症例に関して、診立てはあくまでも机上の症例であるため、可能性としての診立てを列記していく。

⒈脉状による診察

脉状は、沈・虚・数・濇とある。沈数は裏熱、虚は氣血の虚損、濇は腎の精汁尽きて身を潤すの血渇き少なくなる脉で呼吸器の異常を孕むことがある。このことより、患者の生命力は非常に弱り何か重篤な疾患を持つ可能性も考慮しなければならない。
※1)~3)

⒉子午鍼法による診断 ※3)~5)

補瀉:補法 
 用鍼:ステンレス鍼か金鍼。
 方法:症状の経絡を実症状と仮定し、巨刺法と子午拮抗経絡に準じて施術(例外=同側子午)。
    偏在・左右差がある場合、症状のある・強い方を実症状と仮定して施術する。
 特徴:診断‥‥経絡の左右虚実を判定
    治療‥‥「痛み」「怠さ」「重み」「引き攣れ」「突っ張り」「痺れ」といった病症に適応。
        虚した経絡への施術により症状を改善させる。

(1)前腕部大腸経の圧痛

大腸経の症状(左右差や偏在かは不明)⇒左腎経への施術で改善、脉締は6割方得られる。
 子午診断より、左の腎経は虚していて右の大腸経が実症状と判断できる

(2)腰部の違和感、胸腰部伸展時の痛み

督脉の症状(督脉の八総穴が小腸経後谿)⇒右肝経への施術で改善(小腸経の子午拮抗経絡と考える)脉締は8割方得られる。
 子午診断より、右の肝経は虚していて左の小腸経が実症状と判断できる
 膀胱経の症状(左右差や偏在かは不明)⇒右肺経への施術でやや改善、脉締は4〜5割方得られる。
 子午診断より、右の肺経は虚していて左の膀胱経が実症状と判断できる

(3)下腿部胆経の圧痛

胆経の症状(左右差や偏在かは不明)⇒心経への施術で改善、脉締を得られる(脉締10割)。
 子午診断より、左の心経は最も虚していて右の胆経が最も実した症状と判断できる

⒊奇経鍼法による診断 ※3)5)

補瀉:瀉法
用鍼:独自の”平鍼”
方法:手足、上下2穴の主穴・従穴を通じ合わせて施術。
特徴:診断‥‥複数経絡の左右虚実を客観的に判定、子午鍼法との連動により証の客観的診断ができる。
   治療‥‥実する複数の経絡への施術により症状を改善させる。

(1)奇経診断

子午鍼法による診断と脉締の度合いから最も実する経絡は左胆経となり、続いて左小腸経、右大腸経、左膀胱経の順に実していると判断できる。
 これにより最も実している左胆経を奇経鍼法の診断時の主穴とし、子午診断の結果に準じた奇経鍼法の組み合わせを行う。
 この場合、左臨泣(主穴)ー右合谷(従穴)が適合する。このとき必ず脉締を得るが、脉締がなければ左臨泣をベースとしたほかの奇経を確認、もしくは子午診断をやり直す必要がある。

(2)証立て

奇経診断により”左臨泣ー右合谷”の組み合わせで脉締を得て、子午診断との整合性を得られれば、証立てに移る。
 このときも子午鍼法理論を用いて考える。
 主穴の左臨泣に対して子午鍼法理論から証の本証を導き出し、従穴の右合谷も同様に子午鍼法理論から証の副証を導き出す。

⒋腹氣鍼診断®️ ※3)

腰痛の場合、氣鍼医術ではほとんど坐位の状態で終始治療する。坐位がつらい場合は患者が最も楽な姿勢で施術するのが好ましい。
 腹氣鍼診断は背臥位での腹部診断6穴へ鍼を接触させ、脉締を得ることで虚損する経絡を判定し、証立てを行うものである。そのため、今回の症例では省く。

Ⅲ.選穴理論 ※3)6)7)

診察から導き出した証<心虚腎虚証右から>は、心経・肝経・腎経・肺経の虚損が右から左へと複雑に絡んだ状態である。心経の虚損により、毎晩のように夢を見る(多夢)・尿の赤みを帯びる(小腸の熱)・手足ともにややほてる(五心煩熱)・下腿胆経の圧痛が、肺・腎経の虚損により、聞診のようにしゃべっているうちに声が小さくなり、排尿回数は他人より少なくなり前腕部の圧痛が生じ、極度のストレスによって生じた急性腰痛は肝・腎経の虚損によるものではなかろうかと推察できる。
 選穴としては、『霊枢経新義解』に「経気の注するところで他の要穴に比し多量の経気を保有し其れに適切な刺激を加うることによって経気の循環を円滑良好にすると共に生体の治癒良能を増大して病体を恢復に導くための基本の穴である」とあり、原穴を使用する。
 よって難経六十九難に基づいた本治法における施術穴は、右神門・右太衝・左太渓・右太淵を選択し施術する。また、標治法として”諸陽之海”である督脉上の経穴に氣鍼(当会の接触浅刺鍼法)を行う。

Ⅳ.選んだツボへの施術方法 ※3)6)7)

用鍼は、金鍼7〜10番かステンレス鍼02番〜1番、患者に合うものを脉締をもって選び用いる。
刺鍼は、経に沿ってやや斜刺(45〜80度)。深度は脉状にて穴所空中から接触、浅刺を判別し、脉締を得るところで留め補法の作法をもって抜鍼する。
督脉への施術は、子午鍼法から督脉は実となっているので深度は脉締をもって決め、補中の瀉法の手技にて運鍼する。旋撚雀啄などはしない

Ⅴ.道具

⒈診療に用いる鍉鍼

上から

 ①金鍉鍼 ②金30番鍼 ③金7番鍼 ④腹寿鍼(腹氣鍼診断用チタン鍉鍼)

⒉奇経診断の平鍼(2種)

⑤磁気式
⑥異種金属式

⒊診療道具

①〜④鍉鍼類 

⑤⑥平鍼 

⑦灸道具

【参考文献】

1)山延年著、岡部素道校閲、脈法手引草、医道の日本社、2007
2)張介賓、類経図翼 類経附翼 全4巻5冊揃 復刻版、経絡治療学会、1978
3)葛野玄庵、脉診流氣鍼医術-鍼術指南極意-JIX出版部、2009
4)葛野玄庵、脉診流子午鍼法、JIX出版部、2009
5)福島弘道、経絡治療要綱、東洋はり医学会、1984
6)福島弘道、経絡治療学原論上下巻、東洋はり医学会、1989,1994
7)柴崎保三、霊枢経新義解 九鍼十二原篇。東京高等鍼灸学校研究部、1971

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