頭痛に対する脉診流「氣鍼医術」

頭痛に対する脉診流「氣鍼医術」

「医道の日本」誌 第789号(平成21年6月号)2009年
葛野玄庵 寄稿

はじめに

神戸はり医術研究会(顧問・藤原知博士)では、脉診流「氣鍼医術」を標榜し、臨床実践している。我々、開業鍼灸師は、毎日が真剣勝負であり、目の前の病苦を除去することで、すべてが成り立っている。
さて、「頭痛」で来院する患者は多く、その訴える病症も様々である。最近の臨床症例を報告する。
なお、次頁に筆者が用いている技法について若干の解説を付した。そちらを参照しながらだと、よりここにあげた症例について理解していただけると思う。
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症例1:頭痛でとてもつらいが、妊娠3ヶ月で薬が使えない

患者

32歳、女性、薬剤師

経過

妊娠したと思われる3ヶ月前から、両方のこめかみを中心に頭痛がして、左右交互に毎日のように変わる。ひどい時は、目の奥から頭全体が激痛になる。「今日は、頭の右のほうが強く痛み、左の眼の奥も鈍痛がする」と苦虫顔で訴える。背臥させ脉診をしていると、左肩・左背中がこって、痛くなってきたという。

脉状

虚にして、やや浮き、やや数、浮位に堅脉。

奇経鍼法

左後谿(主)ー左申脈(従)に金・銀の平鍼(直径約8㎜、厚さ約1.7㎜の円形状)を添付すると脉締を得た。それと同時に左肩・左背中の痛みと、左眼の奥の痛みも半分減少した。

奇経診断

当会の定則「奇経は実に対する鍼法」から、主穴・左後谿の所属する左小腸経が一番の実経絡と認識できるので、子午的拮抗経絡の右肝経が虚の経絡と判断される。続いて、従穴の左申脈の所属す左膀胱経が、2番目の実の経絡と認識されるので、その子午的拮抗経絡の右肺経が虚の経絡と判断できる。

子午鍼法

まだ残った、左頚・左背中の痛みに対して、右の列欠に30番の金鍼を経穴上空に近づけるだけで残りの痛みは消失した(空中氣鍼)。

子午診断

当会の定則「子午は補法」から子午鍼法での除痛は、右列欠の所属する右肺経は虚の経絡であり、痛みのとれた左頚・左背中の左膀胱経は実経絡と判断できる。

複合診断

以上から「右肝経の虚(本証)と右肺経の虚(副証)と判断。

難経六十九難の原則から、肝肺相剋証。右・同側・四経(肝・腎・肺・脾)の虚と決定。

五行病証(選穴)

浮いて数脉から微熱がある。普段からあった偏頭痛が、過労・風邪の邪により、強く広範に発症したものと思われる。経金穴病証である。中封・復溜・経渠・商丘を取穴。

本治法

証に従い、右中封・右復溜・右経渠・右商丘に氣鍼補法を丁寧に行ったところ、脉は締まり(脉締を得る)、ほぼ良脉になった。この段階でほとんど愁訴は消失していた。

標治法

重みの残る眼の周囲の左睛明・左攅竹、右頭維に「氣鍼瀉法」を行い、座位にして瘂門・大椎・身柱に「空中氣鍼」にて瀉法し、検脉。良脉を確認して終了した。
「空中氣鍼」とは、まるで神主が御祓いをする様子にみえ、西洋医学的には信じていただけない「気」の世界だと思うが事実である。

考察

治療途中から痛みがどんどん消えていくので、患者の苦虫顔はそれに伴って笑顔になっていった。1回の治療で3ヶ月続いた頭痛が消失したが、仕事と妊娠中の疲労が重なると再発が予想される上、胎児のためにも、生まれるまで健康法として週1回の来院を約束して終了した。
左右の経絡の虚実を正確にとらえ、押し手の手技に細心の注意を払い、補瀉の術を的確に行うことで素晴らしい結果が生まれるのである。

症例2:2日前から、くしゃみと鼻水が出て、頭がガンガンします

患者

50歳、女性実業家

経過

「今日は、下を向くと、ひどく痛んで我慢ができない」といい、「両こめかみ・後頭部から痛く、特に前頭部にかけてガンガンする」と訴える。胃が弱いので、特に薬は飲んでいないという。

脉状

浮、洪、数

奇経鍼法

右申脈ー左後谿で脉締を得る。

奇経診断

当会の定則「奇経は実に対する鍼法」から、主穴・右申脈の所属する右膀胱経が、一番の実経絡と認識できるので、子午的拮抗経絡の左肺経が虚の経絡と判断される。続いて、従穴の左後谿の所属する左小腸経が、2番目に実の経絡と認識され、その子午的拮抗経絡の右肝経が、虚の経絡と判断できる。

肺肝相剋証。左から三経振り分けと決定。つまり、左肺、左脾の虚、右肝の虚となる。

五行病証(選穴)

くしゃみ、鼻水、浮、洪、数から経金病証とみる。太淵・商丘・中封を選穴。
左太淵・左商丘・右中封を取穴。陽経の処理は右申脈と左後谿に瀉法処置。

本治法

標治法
座位にて大椎・右天柱・右肩井・左肩外兪に「氣鍼」にて補中の瀉法。「まだ2割残っているが、とても気分が良くなった」と喜んで帰っていった。次の日に、同様の治療をして完治。

症例3:めまい・意識混濁を伴う頭痛

経過

治療後に「小脳梗塞症候群」の診断を受けた症例である。
頭痛・肩こり・高血圧で来院歴のある69歳のご婦人。ある日、予約なしで来院。それも近所の薬局前で意識を失い、救急車を呼ぼうという薬局店員に本人が「行きつけの鍼灸院に連れて行って」と頼み、2人がかりで抱えられてきた。ふらふらして意識がもうろうとし、頭の左側を中心に痛むという。呼びかけには応え、「救急車なんてまっぴら、前にも先生に助けてもらったから、お願いします」というのだが、今までとは様子が違う。明らかに緊急重篤病症である。そこで娘さんに電話をして様子を話し、治療をする旨、了解を得て脉診に入った。

脉状

浮・弦・実の脉がよじれて緊脉にして、数・噪(騒がしい脉)を帯びて、ときどき結脉(不整脈)を呈す。明らかに異常脉である(血圧は208/118㎜Hg)。

応急処置

左少沢に瀉法処置を行い、緊脉に少し柔らかさが出て、さらに左少衝に同処置をしたところ、結脉がなくなり、噪脉がおさまった。弦・実の脉は変わらないが、少し血圧も下がり、呼吸も楽になり、「頭痛がやわらぎ、目の前が明るくなった」という言葉が出た。そこで緊急事態は脱したと判断し、治療に入ることにした(その時点で血圧は185/104㎜Hg)。

奇経鍼法

左外関ー左臨泣に金・銀の平鍼を添付。脉締を得る。

奇経診断

当会の定則「奇経は実に対する鍼法」から主穴・左外関の所属する左三焦経が一番の実経絡と認識できるので、子午的拮抗経絡の右脾経が虚の経絡と判断される。続いて、従穴の左臨泣の所属する左胆経が、2番目に実の経絡と認識され、その子午的拮抗経絡の右心経が、虚の経絡と判断できる。

腹診

左大巨、按じて牢(指下に滞りを触知する)。

複合診断

以上から右脾虚で、六部定位の左手の関・尺の診処、浮沈ともに弦・実の邪がみられるので左腎・左肝の実診断となる。

脾虚腎肝実証。右から、つまり右脾、右心包の虚、左腎、左肝の実と決定。

五行病証

高血圧で赤ら顔、逆上せ症から合水病証。

本治法

脾虚腎肝実証。右からなので、右陰陵泉と右曲沢にステンレス1寸1番鍼にてじっくりと氣鍼補法。左陰谷と左曲泉に寸3.3番ステンレス鍼にて経にそって入れ、抜き差しをして「邪正」を分かち、下圧をかけながら、ゆっくりと邪だけをずるずると氣鍼瀉法で引っ張り出したところ、緊・弦・実の脉が少し柔らかく細めになった。

標治法

側臥位で、肩・頚・背中に3番鍼で下圧をかけながら「氣鍼瀉法」処置。まだ弦・実脉ではあるが、和緩を帯び、緊脉はない。その時点で意識ははっきりとして「さっきは頭痛がして、人の声が遠くに聞こえて、地の底に引っ張られるような感じだった」と言っていたが、治療後は別人のように歩け、喜んで帰って行った。
翌日、大学病院で「小脳梗塞症候群」という診断を受けた。鍼灸治療も継続しており、体調は良好である。

考察

娘さんの了解を得たとはいえ、本来は緊急重篤症状で救急車に任せるべき病症である。また、以前に心臓発作でも同様の緊急事態があったが、やはり、鍼灸術の応急処置が功を奏した。
しかし、鍼灸院は常に現代医療との連携をはかっておくことが重要であり、これは患者の安心・安全につながるものである。

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